活動報告 | 地域連携医療への電子カルテの応用 Dolphin Project|JMNA

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活動報告
2006.05.21

地域連携医療への電子カルテの応用 Dolphin Project

2006.05.21 地域連携医療への電子カルテの応用ー地域サイトを結んで日本レベルでの連携医療を実現するー

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地域連携医療への電子カルテの応用 ー地域サイトを結んで日本レベルでの連携医療を実現するー

吉原 博幸

1. はじめに
 電子カルテの普及を背景に、地域における連携医療の実現のため、地域ごとに医療情報センターを設置し、このセンターをハブとしたデータの交換・共有を行う。このコンセプトは、1998年に筆者が提唱し[1]、2000年の経済産業省研究開発プロジェクト[2]で実現の第一歩を踏み出した。その後、2001年12月には、熊本、宮崎の2地域で実験的なサービス(ドルフィンプロジェクト)[3]が開始され、2004年4月からは本格的サービスへと移行している。
 一方、2004年以降、経済産業省プロジェクトとは別の、後発プロジェクトが立ち上がりつつある。すでに2004年4月に実稼動を開始した東京都医師会(HOTプロジェクト)[4]、2006年4月にセンターを稼働させた京都地域連携医療プロジェクト(まいこネット)[5]、東京ベイ・メディカルフロンティア研究会[6]など、実用サービスを目指した本格的なプロジェクトが立ち上がりつつある。コンセプトの提唱→実験プロジェクト→実用レベルのプロジェクトまですでに8年。問題点を克服しつつ自立可能なプロジェクトに育つまで、あと数年は必要だと思われる。本論文では、ITによる地域医療連携システムの概要と5年間の運営経験、今後の課題などについて述べる。

2. 地域データセンターをハブとした電子カルテ連携システム「ドルフィンプロジェクト」の概要
2.1 ドルフィンプロジェクト
 ドルフィンプロジェクトの本質は、地域に存在する様々な医療情報システムを効率的に相互接続することの出来る基盤を提供する事である。センターサーバに蓄積された医療情報(カルテデータ、検査データなど)を厳密なセキュリティの元に保管し「適切に流通」させる。医療従事者は、診療契約関係にある患者のカルテ情報、検査結果などを一元的に閲覧することが可能。これにより、病病、病診連携が可能となる他、患者は、自身のカルテ内容を閲覧し、症状などを自分のカルテに記入(記録)する事も可能になる(電子的カルテ開示)。
 情報共有を実現するために、地域データセンターを設置し、これにクリニック、大規模医療機関、検査センター、などが接続。カルテ内容、検査結果、紹介状、退院時サマリなどを送り、蓄積する。この情報は、地域での医療情報共有に利用するほか、各医療機関のカルテデータのバックアップ、改ざん防止証明の為の真正性証明サーバとしても使われる。また、センターは、患者サービスの最前線(ポータルサイト)ホームページの運営、利用者登録業務などを通じて、システムの利用者(会員)である患者への様々なサポートを行う(図1:熊本地域の例)。

図1 地域データセンターの概要(熊本プロジェクトの例)

2.2 オープンインターフェイス
 ドルフィンプロジェクトで開発したすべてのシステムは、XML(eXtensible Markup Language)インターフェイスを装備し、互いにオープンで独立した関係を保つよう設計された。具体的には、MML(Medical Markup Language)[7, 8]やHL7(Health Level 7)を採用している。これは、密結合(=特殊な結合)によるシステムの排他性をなくし、近い将来、様々な電子カルテやレセコンがこのプロジェクトに参入することを可能にするための配慮である。MMLインターフェイスについては、着々と実装が進みつつあり、OpenDolphin、Wineの他、東京都医師会の連携システム(HOTプロジェクト)で新たに募集中の電子カルテ群がMMLに対応している。2006年現在、20種類近くの電子カルテが接続可能となっている。

2.3 センターサーバシステム
 センターシステムはXML(MML, HL7)インターフェイスを持ち、接続された医療機関などから以下のMMLデータを受け取る。

1)クリニックの電子カルテから出される電子カルテデータ
2)検査センターから出される検査結果
3)放射線画像診断センターから出される画像診断レポート
4)地域基幹病院から出される退院時サマリ、電子カルテデータ
5)患者、医師、薬剤師などが、Web電子カルテ経由で直接書き込むカルテデータ

受け取ったXMLデータを解析してデータベースに取り込み、リクエストに応じて再度XML(MML, HL7)に変換して送り返す。

2.4 センターサーバWebインターフェイス
 通常、センターから送られてきた患者カルテデータは、クリニックなどの電子カルテアプリケーションで参照するが、電子カルテなど、特別なシステムを持たないユーザー(主として患者など)のために、Webブラウザでアクセスが出来る様に、センターシステムはHTTPインターフェイスを装備している。患者や、システムを持たない医療機関は、自宅や病院のパソコンから、ホームページを見る感覚で、電子カルテにアクセス(読み書き)が出来る(図2)。 例えば熊本地域プロジェクトでは、「ひご・メド」ポータルサイトから個人の電子カルテにログイン可能としている。アクセスには、センターが発行した電子証明書、アカウント、パスワードが必要で、銀行のWebサービスより強固なセキュリティを装備している。


図2 地域医療情報センターが提供するWeb電子カルテ
クリニック、大学病院などでの診療記録を閲覧することが出来る。

2.5 セキュリティ
 ユーザー認証、ネットワーク暗号化、アクセス制御などの組み合わせで、個人情報である診療情報を安全で適切に取り扱うシステム。センターにアクセスする際、ユーザー認証を行い、経路は SSL, VPNで暗号化し、盗聴不可能としている。また、カルテに含まれる文書(病名、検査結果、各種報告、経過記録など)ごとにアクセス権を設定している。従って、医師と言えども、診療契約関係のない患者のデータにはアクセス出来ない。このように、厳格に診療契約関係にあるかどうかを管理しつつ、地域で統合された個人のカルテが作られることになる( 1患者1地域1カルテ)。 

3. 地域連携医療システムと在宅医療
 従来型の医療は、医療情報を「作る」「読む、知る」という点で、患者と医療機関の間にはきわめて深刻な情報量の格差があった。紙媒体による情報共有の制約などもあり、患者側にはほとんど情報が提供されて来なかった。しかし、これまで述べたシステムが普及した場合、従来型の医療とはかなり異なるパラダイムが出現する。医療機関のポリシーにも依存するが、カルテ情報のかなりの部分が患者にも提示されることになる。在宅医療における、家族、保健婦、巡回看護師、医師等に対する情報の提供は極めて重要なファクターであり、これらの豊富な医療情報の提供は、飛躍的に在宅医療の質を高めることとなると考えられる。

4. 発想の転換:患者中心の医療へ
 医事システム、オーダリング、電子カルテの流れは、医療機関側の合理化がその大きなモチベーションになってきた。そこには、医療データ取り扱いの優先権が医療機関側にあるかのような錯覚があったと思う。しかし、その次のフェイズ、すなわち「電子カルテの連携」を経験してみると、発想を変える必要があることに気付く。この5年間、地域連携医療プロジェクトでは、センターへカルテデータを送信する為に、患者の同意を得るという作業を行った。それは、病院主導でデータを取り扱っているという意識があったために「念のため本人の同意を」という発想になったわけであるが、もし患者が地域データセンターに自分の口座を持って、自身のデータを蓄積・管理するという状況になれば「同意」などを得る必要はない。患者自身がそれを望んでいるからである。患者の立場から見ると、カルテの保存期間など、病院によってバラツキのある医療情報管理体制に全幅の信頼を置くのは無理である。病院での管理は、法律に定める最低限(現状では5年)をクリアすれば、あとは病院ごとのポリシーに委ねられることになるからである。診療情報が発生したらすぐに自分のカルテ口座に移し、自己責任で、保存期間など取り扱い条件を決めればよい。第三者意見を聴くのも患者の裁量になるし、他の医療機関を受診した際、医師に過去のデータを見てもらうかどうかも患者の判断を尊重すべきである。

5 センターシステム

5.1 機能と運営
 現在運用している地域データセンターのデータベースを、医療機関用と患者用に論理的に分離する必要があると思われる。分離することにより、前者を医療機関の業務用(保管、真正性)、後者を患者の医療情報管理用口座(患者による参照、連携医療)として運用可能となる。後者では患者側のプライオリティを明確にすることとなり、データの利用許諾などの面で曖昧性が排除され、無用なトラブルを避けることが出来る。
5.2 スーパーサイトの構築
 今後、地域データセンターが増加し、普遍的なサービスとして定着した場合、地域ごとに孤立したデータセンターでは、地域を越えて移動する利用者に対応することが出来ない。これらの問題を解決するために、地域データセンターを国レベルで統合する上位サイトの構築が必要である。地域プロジェクトをバーチャルに連結するための上位のプロジェクトが発足した(NPO日本医療ネットワーク協会、2005年6月東京都認定)[9]。このプロジェクトでは、各地域プロジェクトでバラバラに登録された患者IDの連結(いわゆる「名寄せ」に相当)を行うスーパーディレクトリーの役割と、地域データセンターで異なるデータ形式(MML, HL7など)の自動変換(data mapping)を主な目的としている。このシステムと地域システムが結ばれることによって、地域横断的なカルテ情報の統合が可能となる(図3)。


図3 全国版医療情報センターと地域プロジェクト、利用者の関係

 2005年、NPO日本医療ネットワーク協会、京都大学、NTT西日本の協力体制のもと、スーパーサイト(スーパードルフィン)の開発に着手。2006年4月に試験稼働に成功した[10]。その仕組みは以下のようなものである。
(1)スーパーディレクトリ機能:複数の地域サイトにIDを持つ利用者の為に、スーパーサイトで内部的に上位IDを発番する。このID の下に地域サイト発行ID(複数)を登録する。地域サイトからの検索要求に応じて、他の地域サイトに代理で検索要求を出し、結果を検索要求元に返す。
(2)データマッピング機能:地域サイト毎に採用する標準規格(MML, HL7 , JMIXなど)が異なるのが現状である。そこで、スーパーサイトで、異なる規格をデータマッピングを使って「翻訳」し、規格の差異を吸収する。
 スーパーサイトをインターネット上に構築、京都サイトと宮崎サイトをJGN2を経路として使い、スーパーサイトを経由して相互接続した。採用している規格は、XML京都地域サイトはHL7 C DA Re l . 1( MML 3.0) 、宮崎地域サイトはMML 2.3である。同一患者のID を京都と宮崎のサイトに設定(IDは異なる)。京都側から京都サイトにアクセスし、自動的にスーパーサイトで宮崎サイト
のIDを検出。スーパーサイトは京都サイトの代理で宮崎サイトを検索しデータを取得。規格変換を行った上で、京都側にデータを提示した。ユーザー端末上で、京都側のデータと宮崎側のデータがマージされた形で表示されることが確認された(図4)。これによって、地域サイトをまたがって分散記録された医療情報の統合が可能となり、国レベルでの1-患者、1-カルテの実現が可能となった。

5. 終わりに
 IT化における医療は、金融のたどった歴史を15年遅れでトレースしているように思われる。銀行は、集中型勘定系システムから始まり、分散型伝票入力システムに変わり、その後支店間の相互接続、異なる銀行間の広域相互乗り入れサービスが可能となった。我々は、電子カルテをデータレベルで相互接続し、金融も実現していない「国レベルでの単一口座」を目指している。主な技術的課題は一応クリアしたと考えられるが、大規模実用レベルへのステップアップ、医療用通信路や安全で安価な認証システム、アプリケーションを支える通信基盤の整備など、解決すべき課題は多く残されている。


図4 京都(まいこネット)、宮崎(はにわネット)にまたがって分散されたカルテ情報が、見かけ上統合されて表示された。


【参考文献】

1) 吉原博幸: 電子カルテシステム開発の現状と将来, (財)医療関連サービス振興会通信; 33: 3-28, http://lob.kuhp.kyoto-u.ac.jp/miyazaki/19980407GAN/, 1998
2) 経済産業省先進的IT活用による医療を中心としたネットワーク化推進事業-電子カルテを中心とした地域医療情報化-, http://www.medis.or.jp/archives/200203/index.html
3) Akira Takada, Jinqiu Guo, Koji Tanaka, Junzo Sato, Muneou Suzuki, Takatoshi Suenaga, Ken Kikuchi, Kenji Araki and Hiroyuki Yoshihara: Dolphin Project - Cooperative Regional Clinical System Centered on Clinical Information Center , Journal of Medical Systems; 29(4): 391-400, 2005
4) 東京都医師会地域医療連携事業「HOTプロジェクト」, http://www.tokyo.med.or.jp/kaiin/inf/hot.html
5) 特定非営利活動法人 京都地域連携医療推進協議会, http://www.e-maiko.net
6) 特定非営利活動法人 東京地域チーム医療推進協議会, http://www.teamnet.or.jp/realtop.asp
7) 吉原博幸: 診療情報交換・保存のための標準規約 MML (Medical Mark-up Language), 医療情報学; 18(4): 345-351, http://lob.kuhp.kyoto-u.ac.jp/miyazaki/mml98/, 1998
8) Jinqiu Guo, Akira Takada, Koji Tanaka, Junzo Sato, Muneou Suzuki, Toshiaki Suzuki, Yusei Nakashima, Kenji Araki, Hiroyuki Yoshihara: The development of MML (Medical Markup Language) version 3.0 as a medical document exchange format for HL7 messages, Journal of Medical Systems; 28(6): 523-533, 2004
9) 特定非営利活動法人 日本医療ネットワーク協会, http://www.ehr.or.jp/
10) NPO日本医療ネットワーク協会News Letter 2006(1), http://www.ehr.or.jp/news/newsletter_data/060510_SDPnewsLetter2006(1).pdf
http://lob.kuhp.kyoto-u.ac.jp/miyazaki/19980407GAN/
http://www.medis.or.jp/archives/200203/index.html
http://www.tokyo.med.or.jp/kaiin/inf/hot.html
http://www.e-maiko.net
http://www.teamnet.or.jp/realtop.asp
http://lob.kuhp.kyoto-u.ac.jp/miyazaki/mml98/
http://www.ehr.or.jp
http://beta.ehr.or.jp/archive/2006/04/20064-super-dolphin.html


【著者プロフィール】


1949年佐世保生まれ。1973年、大阪大学基礎工学部合成化学科卒業。1984年、宮崎医科大学医学部大学院修了(医学博士)。1995年、宮崎医科大学教授(医学部附属病院医療情報部)。ハーバード大学医学部、マサチューセッツ工科大学(客員準教授)、熊本大学教授を経て、2003年より京都大学大学院教授(医学研究科医療情報学講座)。2002年〜2005年まで大連医科大学客員教授(中華人民共和国)。